暦注とは
暦注(れきちゅう)とは、昔の暦に記載されていた注意書きのことです。主にその日ごとの吉凶や禁忌などの情報が示されています。いわば現代における「今日の運勢」のような占いや迷信の一種といえば分かりやすいでしょうか。
上で「暦注は昔の暦に記載されていた」と述べましたが、現代でも一部の暦注は人々の生活の中に息づいています。例えば
- 結婚式は大安(たいあん)の日に執り行うと縁起が良い
- お葬式は友引(ともびき)の日を避けたほうがよい
などの言い伝え。実はこの「大安」や「友引」は、「六曜(ろくよう)」と呼ばれる暦注の一種なのです。
六曜について、詳しくはこちら 六曜の意味と決め方暦注の種類
暦注には大安や友引などが属する「六曜(六曜星)」の他にも
- 十二支と十干(じっかん)を組み合わせた干支(えと)
- 12種類の言葉で吉凶を占う十二直(じゅうにちょく)
- 日々に28の星座を当て嵌めた二十八宿(にじゅうはっしゅく)
など、さまざまな種類が存在します。
例えば
- 十二直の執(とる)の日の引っ越しや旅行は凶
- 二十八宿の鬼宿(きしゅく/きしく)の日は、全てのことにおいて吉日
などと言い伝えられています。
また、近年「この日に新しい財布を使い始めると金運がアップする」などと話題になっている「一粒万倍日(いちりゅうまんばいにち)」や「天赦日(てんしゃにち)」も、暦注の一種です。特に天赦日は、暦注の中でも最良の日として人々に親しまれてきました。
人々の心の拠り所だった暦注
暦注は古代の中国で生まれ、日本にも早くから伝えられていました。奈良時代に記された古い暦である「具注暦(ぐちゅうれき)」にも、暦注の記載が確認できます。時は流れ、江戸時代の頃には暦注の種類は数百種類にまで増えたといいます。
現代に比べて文明が進んでいなかった時代。農業や漁業など日々の仕事も、今よりももっと自然(季節や天候など)の機嫌を伺わなければならなかったことでしょう。医学も未熟で、体調管理にも今以上に気を付けなければならなかったはずです。自分たちの力だけではままならない生活を送る人々にとって、大切な心の拠り所となったのが暦注だったのです。江戸時代における暦注の種類の多さには、そんな人々の不安な心が見え隠れしているようです。
しかし多くの暦注は、明治6年(1873年)の改暦時に「迷信的」だとして暦上から削除され、現在認知されている暦注は20~30種類程度にまで減ってしまいました。
日本では明治6年(1873年)1月1日に、それまで使われていた太陰太陽暦(天保暦)から、太陽暦(グレゴリオ暦)へと暦が改められた。「八十八夜」や「土用」も暦注?
季節の移り変わりを表す「雑節(ざっせつ)」も暦注に含まれます。雑節とは、日本の気候や文化に合わせて作られた季節の目安。
雑節について、詳しくはこちら 雑節(ざっせつ)とは 意味や読み方、できた理由は?茶摘みに適した時期として知られる「八十八夜(はちじゅうはちや)」や、うなぎを食べる風習のある「土用の丑の日」の「土用(どよう)」、台風シーズンにあたる「二百十日(にひゃくとおか)」などは全て雑節です。
- 八十八夜に収穫された新茶を飲むと健康でいられる
- 二百十日は農家の厄日
など、雑節にも吉凶を表す言い伝えがいろいろと残されています。しかし、多くの暦注が科学的根拠のない「占い」によって導かれた吉凶を表すのに対して、雑節の言い伝えはその時期の気候や自然の状況などを根拠としていることが特徴的です。
例えば八十八夜の言い伝えならば、収穫時期を迎えた新茶には、冬の間に蓄えられた栄養素がたっぷりと蓄えられていることが根拠として挙げられます。また、二百十日の頃は台風が上陸しやすいため、農家の人々にとっては特に注意を払う必要がある時期なのです。
なお、土用の期間中には「土いじりや井戸掘りをしてはいけない」という言い伝えがあります。これも単なる迷信ではなく「気温の変動が激しい季節の変わり目にあたる土用の頃に、野外で肉体労働などをしていると体に障りますよ」という忠告の意味合いが込められていると考えられています。
「土用」といえば夏の「土用の丑の日」が有名だが、本来は年に4回、季節の変わり目の時期に設定された雑節である。1年で最も暑い夏は体調を崩しやすい季節であるため、夏の土用が重要視されたと考えられている。