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12月13日は正月事始め煤払い・松迎えとは?

竹ぼうき

正月事始めとは

12月13日は「正月事始め」といい、古くからお正月に向けて準備を開始する日でした。昔の人はこの日に「煤払い(すすはらい)」といって家の中を掃除したり「松迎え(まつむかえ)」といってお正月の門松用の竹を切りに行ったりしていました。

江戸時代中期まで使われていた宣明暦(旧暦のひとつ)では、12月13日は必ず「鬼宿日(きしゅくにち)」にあたる縁起の良い日でした。そのため江戸城では毎年この日を正月事始めの日としていて、江戸の庶民や商家もそれに倣ったとされています。しかし実際は正月準備を始めるにはまだ早い時期なので、地方では13日以降それぞれの地域のタイミングで正月準備を始めるところが多かったようです。

現代では、主にお寺や神社で正月事始めの風習として煤払いなどが行われています。改暦があって今の暦では必ず鬼宿日になることは無くなりましたが、日付は12月13日のまま行われるのが一般的です。

鬼宿日(きしゅくにち)…二十八宿というその日の吉凶を示す占いの中で、婚礼以外は万事が大吉とされる吉日。 鬼宿日について、詳しくはこちら 二十八宿/二十七宿とは?歴史やそれぞれの宿の吉凶を解説
12月8日の「事始め」との違い

「事」の解釈の違いによって、12月8日は「事始め」にも「事納め」にもなります(詳しくは下のリンク先の記事を参照)。そのため「正月行事の準備を始める日」と限定するために「正月事始め」と区別して呼ぶようになったと考えられています。

12月8日の事納めについて、詳しくはこちら 針供養(お事納め/事八日)とは? 2月8日の事始めについて、詳しくはこちら お事始めとは?事八日やしきたりについて詳しく

正月事始めの行事

煤払い(すすはらい)

箒

煤払い(煤掃き)とは12月13日に行う、今でいう大掃除のような風習です。

「煤(すす)」とは、煙の中に含まれている黒い粉の汚れのこと。昔は囲炉裏やかまど、灯りで火を使っていたため、家の中に煤がたまっていきました。昔の人々はお正月に年神様が家にやってくると考えていたため、この日に溜まった煤を払って家をきれいにして年神様を迎える準備をしていました。

囲炉裏のある昔の部屋

電気・ガスが使える現在では煤払いの文化は希薄となってしまいましたが、神社やお寺などで行われる煤払いのニュースが年の瀬の風物詩となっています。

煤払いの道具

大和耕作絵抄

『大和耕作絵抄』出典:日本風俗図絵 第5編

煤払いでは笹竹の先に葉や藁をつけた道具を使います。この竹竿は「煤男(すすおとこ)」「煤梵天(すすぼんてん)」「煤神様」などと呼ばれ、はたきのように使って高いところの煤を払います。

煤払いに使用した後の竹竿は、家の外に立ててお供え物をしたり、しめ縄で飾ったりします。そして年明けの左義長(さぎちょう/どんど焼き)という小正月の風習でお焚き上げをしました。

左義長(さぎちょう)/どんど焼きについて、詳しくはこちら 1月15日の小正月とは?

煤払いは神事だった?

12月13日を「煤取節句(すすとりせっく)」と呼ぶこともあります。

その理由は、煤払いは年末の大掃除という目的以外に、神事として意味合いも強い風習だからです。煤払いには

  • 家の煤を払う=その年の厄を祓う
  • 煤を落とす=その場所を清める

という意味があります。

地域によっては煤払いは男性(年男)の仕事で、女性や子供は煤をかぶらないよう「煤逃げ(すすにげ)」といって別の部屋や親戚の家に避難していたんだとか。

その年の干支にあたる男性を「年男」と呼ぶが、もともとはお正月関連の行事を取り仕切る人のこと。年男は家長もしくは長男が務めることが多かった。

煤払いが終わったら胴上げをする風習がありました。

これは江戸城内から商家まで広く行われていたようで、煤払いを取り仕切った年男が胴上げされることが多かったようです。

顔

松迎え

image

正月事始めの12月13日は、お正月に飾る門松に使う松や竹を刈(き)りに行く日でもありました。これを「松迎え」といいます。

古くから松は神霊が宿る木と言われていて、門松はお正月に家にやってきた年神様が宿る依代(よりしろ)とされていました。そのため山に松を伐りに行くことは、年神様を山から連れてくることを意味し、家長や年男が任される仕事でした。

またこの時、門松に使用する松以外に正月の煮炊きで必要な薪などの木を集めてくることもありました。お正月に向けてこの時期に山から刈りだす薪のことを「年木(としぎ)」と言います。年木は薪としてだけでなく、小正月の「粥杖」や鳥追いの「鳥追い棒」、門松の根元に立てる割れ木など、お正月の数々の行事で使われました(門松も広い意味では年木と言えます)。

薪

年木を山に伐りに行くことを「年木樵」「節木伐り」「小柴刈り」「柴節供」などといい、地域によって様々な呼び方があります。電気やガスで料理をし、松や薪もお店で買える今では、ほとんど無くなってしまった風習です。

餅つき

餅つき

12月13日はお正月に使うお米を搗く、餅つきの風習もありました。これを「節つき(せちつき)」「米つき正月」などと呼びます。

一俵の玄米を恵方を向いて搗き、その後は俵に熨斗(のし)を付けて飾っておきます。正月に食べる米は節米(せちごめ)と呼ばれ、12月30日まで手を付けないでおくのだとか。

29日と31日は注意

江戸では12月13日が正月事始めの日でしたが、記事の冒頭でも述べた通り、地方ではもう少し年末が近づいてから正月準備を始めることが多かったようです。

ただし、昔の人々が重視していたのが12月29日31日は避けること。

12月29日は「二重苦(にじゅうく)」に通じるため、門松の準備や餅つきをすることを「苦松」「苦餅」と呼び、忌むべきこととされていました。また、31日に門松・しめ縄などの正月飾りを飾ることは「一夜飾り」と言われ、神様に失礼で縁起が悪いと言われています。

玄関のしめ縄

現在でも縁起を担ぐなら、できるだけ28日までに正月飾りを済ませた方が良いとされています。28日までに間に合わなければ、30日に飾りましょう。

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