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自然暦とは?各地で受け継がれる自然観察のことわざ

日本の田舎の風景

自然暦とは

自然暦とは、太陽や月の巡り、動植物の移り変わりなどを目安とした暦です。

日本は古くから稲作などの農耕が生活の主軸でした。作物を育てるうえで、自然の中に現われる「兆し」はとても重要です。冬の雪解け、木々の葉の色づき、長く降り続く雨、鳥の鳴き声や飛び方、咲く花、枯れる花・・・人々がこうした自然の周期的な変化をよく観察して得た生活の知恵が、やがて生活の中で暦の役割を果たすようになりました。

暦といっても年・月・日で区切って数えるようなシステム的な暦ではなく、自然暦は言い伝えから諺(ことわざ)となって定着しました。

日本の原初的な暦

日本で最初に公式な暦が作られたのは推古12年(604年)。それより古い時代の生活には、今のカレンダーのような体系的な暦はありませんでした。もちろん、現在のような天体や気象の観測技術もありません。

春夏秋冬の季節を生み出すのは太陽です。昔の人々は太陽が生み出す季節のひとめぐりを「一年」と捉えて生活していました。寒い冬が終わり春に暖かくなってきたら田植えをし、暑い夏を乗り越えて秋に収穫をしたら1年が終わり、また春に田植えをして1年が始まります。このような日本で最も原初的な暦が自然暦で、農耕が生活の主軸となった弥生時代~古墳時代にかけて使われていたとされています。

稲穂

弥生時代の日本の様子が記されている魏志倭人伝には「倭人は正歳四時を知らず、ただ春耕秋収を記して年紀なす」という記述があり、これは「倭人(日本人)は、春に田を耕し、秋に収穫する農作業のサイクルで一年を区切っていた」ということを示しています。

魏志倭人伝(ぎしわじんでん)…中国の歴史書「三国志」内の「魏書」第30巻・烏丸鮮卑東夷伝(うがんせんびとういでん)の一部に書かれている倭(当時の日本)についての記述のこと

自然暦はご当地特化

自然暦は今でも特定の地域本来の気候や季節を知る上では役に立ちますが、他の地域でも同じように使うことはできません。離れた地域では目印となる山が見えなかったり、目印となる植物が生えていなかったりするからです。自然暦はあくまでご当地特化型の暦です。

しかし、現代の日本の暦では例えば同じ1月1日でも北海道と沖縄では環境が違うため、まったく同じ季節になることはありません。その点、ご当地特化の自然暦はその地域の自然と自然を関連させた先人たちの知恵ですから、季節の変化を知るにはカレンダーより頼りになることがあるのです。

季節を表す他の暦

同じ自然の様子を表す暦として、二十四節気と七十二候があります。

二十四節気は中国から日本に伝わった季節の目安とする24個の季節の名称で、七十二候は二十四節気をさらに細かく分けたものです。この2つは自然暦と違い、日本の平均的な季節の移り変わりを表したもので、今でもカレンダーに記載されていることがあります。

自然暦の例

生き物も植物も、カレンダー通りに行動しません。自然や気候に合わせて変化する彼らの様子をよく観察し予測すれば、季節の変化をより正確に読み取ることができる、と昔の人々は考えました。

604年以降、体系的な暦が生まれた後も、自然暦は地域に根付いた生活の知恵として言い伝えられてきました。今も各地に残る自然暦の中には役立つものがありますし、観測技術が発達した今だからこそ、間違いでないことが証明されたものもあります。

今も残っている自然暦のいくつかを紹介します。

カッコウが鳴いたら豆をまけ(北海道、東北地方、長野県など)

カッコウは冬を東南アジアなどで過ごし、5月頃になると日本にやってくる渡り鳥です。「豆」は「大豆」のことで、日本にやってくるのが大豆の種まきの時期と重なるため、「カッコー!カッコー!」の鳴き声が聴こえたら、遅霜の心配がないから畑に大豆をまいてよい、という合図です。

遅霜(おそじも)・・・4月~5月にかけて降りる霜のこと。晩霜(ばんそう)ともいう。育ち始めた作物の芽や葉を傷める原因になる

カッコウは本州の中部地方から北の地域で多くみかける鳥で、種蒔きの目安とされていたことから「種蒔き鳥」と呼ぶ地域もあります。

カッコウ

カッコウ

トットが鳴き出したから粟を蒔け、カッコウが鳴くから豆を蒔け(青森県下北郡)

「トット」とはツツドリのことで、ツツドリが鳴き始めたら粟の種を蒔くとよい、カッコウが鳴き始めたら大豆を蒔くとよい、という言葉です。ツツドリもカッコウと同じく、5月頃になると日本にやってくる夏鳥です。カッコウやホトトギスと見分けがつかないほど似ていますが、紙筒を掌で叩いたようなポンポン、ポンポンという鳴き声が特徴です。

ツツドリ

ツツドリ

ヤマバト(はっこん)鳴いたら豆をまけ

ヤマバトが鳴いたら雨が近いから大豆をまいた方が良い、という意味です。ヤマバトとはキジバトのことです。種まき後の適度な雨は発芽を促してくれます。

キジバト

キジバト

けとけとが鳴けば手苗を捨てて豆を蒔け(紀州の民謡※現在の和歌山県、三重県南部)

「けとけと」とはヨタカという鳥のことでキョッキョッと鳴きます。夏になると日本に飛来する渡り鳥で、主に九州より北の地域で繁殖する夜行性の鳥です。ヨタカが鳴くようだったら田植えの望みはもう無いから大豆を蒔いた方が良いという意味です。雨水が頼りの水田地帯ではこのような決断も必要だったようです。

ヨタカ

ヨタカ

コブシの花が咲くと鰯が獲れる(新潟県佐渡の東部)

コブシ(辛夷)は、モクレン科モクレン属の落葉広葉樹で、冬が明ける合図を告げるように、早春に真っ白な花を咲かせます。この諺以外にも、日本各地でコブシの開花を目安に農作業を始めたことから「田打ち桜」「種蒔桜」とも呼ばれています。コブシが咲くと桜の開花が近いこと、遠くから見ると桜に似ていることから、桜に例えて呼ばれていたようです。

辛夷の花

辛夷(コブシ)の花

コブシのように、農作業の時期を知るため暦の代わりとして活用した木のことを「農諺木(のうげんぼく)」といいます

顔

コーカの最初の花に豆を蒔け、次の花に粟を蒔け(大分県豊後大野市あたり)

「コーカ」はネムノキ(合歓木)を指す方言です。ネムノキは6月~7月頃に枝先に淡い紅色の花を咲かせます。ネムノキの一番花が咲いたら大豆を、二番花が咲いたら粟を蒔くと良いという意味です。

合歓木の花

ネムノキ(合歓木)

栗駒山に種蒔坊主(宮城県仙北地方)

栗駒山は宮城・秋田・岩手の三県にまたがる山です。春に宮城県から栗駒山を見ると、山肌に残る雪が、腰を曲げて種を蒔く人の形に見えます。昔の人々はこれを目安に田植えをする時期を見極めていました。

栗駒山

栗駒山

動物

ツバメが低く飛ぶと雨(全国的に)

これは今でも全国的に有名な観天望気で、知っている人も多いかと思います。

観天望気(かんてんぼうき)・・・自然や生物の行動の様子から天気の変化を予測すること

ツバメが餌として食べるハエ、アブ、ユスリカなどの飛翔性昆虫は、低気圧が近づいて湿度が高くなると、羽が重くなり低い高さで飛ぶようになります。その虫を捕まえて食べるツバメも低く飛ぶようになることから「ツバメが低く飛ぶと雨になる」と言われています。実際に天気の変化を感じて動いているのは昆虫なのですが、人々の目にはより体の大きなツバメの行動の変化が目立って見えたのでしょう。

ツバメ

雨蛙

かえるが鳴くと雨が降る(全国的に)

雨蛙(アマガエル)は、雨の日や雨が降る前にグェッグェッ、グワッグワッと鳴くことが由来で名づけられました。多くの蛙は繁殖期の夜にオスがメスを呼び寄せるために鳴きますが、アマガエルはそれだけでなく昼間でも雨が降りそうになると鳴き、これは「雨鳴き(あまなき)」「レインコール」と呼ばれています。

カエルは肺呼吸もしていますが、呼吸量の30~50%を皮膚呼吸で行っています。カエルの皮膚がいつもぬるぬるしているのはねん液を出しているからで、皮膚が乾いて呼吸しづらくなるのを防いでいます。アマガエルの薄くやわらかい皮膚は湿度や気圧の変化に敏感で、雨が近づいて湿度が高くなると皮膚呼吸が活発に機能するため、鳴き出すことが多いそうです。

雨蛙

ブリ漁は甘藷の芽が二三寸伸びた頃(和歌山県潮岬)

甘藷(かんしょ)とはサツマイモのことです。サツマイモは、前の年に収穫した種芋から芋づるを発芽させ、それをその年に植えるための苗として育てます。地域によって差がありますが、サツマイモは4~5月頃に植えるため、これに備えて苗作りは3~4月に行うのが一般的です。

サツマイモの芽

ブリといえば冬が旬の「寒ブリ」が有名ですが、これは日本海側での話で、太平洋側では脂ののったブリは春に獲れます。和歌山県潮岬周辺の海域・熊野灘では、3~4月頃に天然の春ブリが獲れます。

このサツマイモの苗づくりの時期と、ブリ漁の時期が重なるため、サツマイモの苗の芽が二、三寸(6~9cm)伸びた頃がブリ漁の時期、という意味の言葉です。

ブリ

雷が鳴るとハタハタが漁れる(秋田県)

ハタハタはスズキ目ハタハタ科の魚です。11~12月頃の秋田県では、雷が鳴り大荒れとなった海の浅瀬に、ハタハタが産卵のために大群で押し寄せてきます。

ハタハタは漢字だと魚へんに神で「鰰」、魚へんに雷で「鱩」と書き、「雷魚」でもハタハタと読みます。「神」や「雷」の字を使うのは、冬の雷が鳴る季節に獲れることに由来します。

ハタハタ

ハタハタ

天気

雪起こし(日本海側の地域)

日本海側は冬になると急速に発達した積乱雲が激しい雪を降らせることが多く、この時に鳴る雷のことを「雪起こし」と呼んでいます。眠っていた雪を呼び覚ますように鳴ることが由来です。

雪起こしの雷は長く鳴り続くことはなく「一発雷」とも呼ばれます。遠くからゴロゴロ鳴りながら近づいてくるのではなく、突然一発だけ雷を落とします。落雷の数が少ないのは良いことのように思いますが、音もなく近づいてくるため予測が難しく、さらに一発の威力が夏の雷の100倍以上とも言われているため、注意が必要です。

雪が降る曇り空

稲妻すれば稲が実りだす(和歌山県、鹿児島県など)

秋の稲妻は千石増す

稲光は豊年の兆し(全国的に)

稲を含む植物の成長には窒素が欠かせませんが、植物は空気中の窒素をそのまま取り込むことができません。これを助けてくれるのが雷で、雷の放電によって空気中の窒素と酸素が結びつくと、雨と一緒に土壌に浸み込みます。これを植物が根から取り込むことで成長が促進されるというわけです。

また、稲が最も成長する7~8月は雷が発生しやすいです。この雷が発生する気候自体が十分な日照・気温・降水をもたらし、稲にとって都合の良い気象条件でもあるため「雷の多い年は豊作になる」とも言われています。

日本では古来、稲と雷が交わることで稲穂が実るという信仰がありました。稲妻を「稲」の「妻」と書くのは、稲の豊作をもたらす良き配偶者「妻」のような関係であることが由来だそうです。

田んぼと稲光
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